katzmak and Korea

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2004-05-28一時帰国

katzmak20040528

明日から母校で行われる共同研究会にお呼びがかかったので(命令ともいう)、職場に無理を言って一時帰国させてもらいました。久しぶりに戻ってきた京都は、釜山よりかなり蒸し暑かったです。日本の話しは日記の本題ではないので、しばらくは簡単なメモ程度の記録が続くと思います。話は変わりますが、写真は27日に行われた東亜大學校韓国語講座春学期の修了式(수료식)で撮ってもらったものです。

2004-05-27집들이(新居訪問)

katzmak20040527

 きょうは韓国語講座の終了式でした。13週間の講座でしたが、わたしはそのうちの9週間ぐらいしか出席していないので、本当にあっという間でしたねえ。

 お世話になった4人の先生のなかのお一人が4月にご結婚されまして、わたしたち学生もその결혼식(結婚式)にご招待していただいたことも、とてもいい思い出になりました。写真はそのときに撮ったものです。

 そうしたら学生のなかから「韓国には잡들이という風習があるだろう。招いてくれー」という要望がありまして(かつみシ、よく言ってくれた!)、それで終了式のきょう、先生のお宅をみんなで訪問しました。おおぜいでわいわいと新婚ご夫婦の新居に乱入しまして、先生がおおらかな方であるのをいいことに、「あ、アルバムをハケーン!」「あ、卒業アルバムをハケーン」「次は本棚をチェーック」「次は引き出しもチェーック」と、あちこち荒らし回る学生たち。。。みんなでお料理をたくさん食べて、いっぱい遊んで、いろいろ話しをして、楽しく過ごさせてもらいました。KY先生、本当にありがとうございました。

2004-05-26チョギ

先ほど korea グループへの参加手続きをしていただきました katzmak と申します。きのうから "katzmak in Hanguk" という日記を「はてな」で付け始めているのですが、グループにも参加してみたいと思い、こちらにも参加することにしました。

 わたしは日本大阪で生まれ、岡山で小中高校時代を過ごしました。5年前から京都で働いているのですが、いまは韓国朝鮮語アジアの近現代史を勉強するために釜山に来ています。3月から9月までです。きのうまで、東亜大学校国際教育韓国語講座(春学期)で勉強していました。でも、まだまだうまくしゃべれません。ここのグループの様子もまだわからないので、まずはこのぐらいにしておきますが、流れをつかみながら、またいろいろ書いてみたいと思います。どうぞ、末永く、よろしくお願いいたします。写真は近所の시장(市場)でよく買って食べているお魚で조기といいます(写真は後日削除しました)。釜山は新鮮な魚が安く手に入るのでありがたいことです。

p.s.

グループ内のほかのみなさんの日記を読んで、それぞれで気楽に日記を綴っていって、それらがホワーンとまとまってるってイメージでいいのかなあと思いました。なんか上の自己紹介的な書き込みがちょっと恥ずかしいけど、せっかく書いたので残しておこう。そうそう、Cruising Wayさんのとこで新聞記事のことが書いてあって、「そういえば最近は新聞サイトを見に行ってないなあ」と思い見に行ったのですが、「あれ、盧武鉉がちゃんと大統領をやってる。いつから?」と調べてみると、なんと14日に弾劾訴追棄却の言い渡しが出てたんですね。せっかく釜山に住んでいるというのに、情報にうとくてトホホな katzmak です。

yhleeyhlee2004/05/27 21:24お魚ですが、わたしの実家では「チョグ」と言ってました。たぶん慶尚道なまりです。

katzmakkatzmak2004/05/28 00:48うちの近所もばりばり慶尚道サトゥリが強いところですが、「チョギ」と聞こえます。最初にそう教えてもらったからそう聞こえるのかも。プサンではサンマ(꽁치)のことを「サンマ」とも言います。日本から入った言葉がほかの地域よりもたくさん残っているそうです。市場のアジュンマは「サンマ」を日本でも「サンマ」と呼ぶことをいままで知らなかったそうな。

yhleeyhlee2004/05/28 07:46辞書をひいたら、조기がふつうの発音みたいですよ。わたしの祖父母は、50年以上前に、陜川郡で話していた言葉をそのまま話してるので、사투리はほんとすごいです。

katzmakkatzmak2004/06/19 02:57このお話しが26日の『朝日新聞』西日本版(福岡・山口)に載る予定です。

2004-05-25最後の授業

katzmak2004-05-25

3月からわたしは東亜大学校国際教育韓国語講座で韓国朝鮮語を習っているのですが、きょうが春学期の最後の授業でした。あとは27日の最終テストと終業式を残すのみです。3月2日からの13週間の学期のうち、わたしは仕事との関連で3月29日からしか参加できなくて、しかも途中でときどき休んだりしたこともあったので、実質3分の2ぐらいしか出席できませんでした。それでも、なんだかとても名残惜しいです。

 振り返ってみて思うことは、まず第一に、短期間とはいえちゃんとした先生(4人)にみっちり集中的に教えていただいたことは非常にありがたかったということ。東亜大学校では、先生たちはそれぞれわりと自由に(逆に言えば統率がとれてないわけですが)持ち味を発揮して教えてくださったので、各先生からいいところを吸収できて、わたしとしてはよかったです。例文の反復練習を重視するIG先生、文法をきっちりと教えてくださり宿題も多いIC先生、自由会話重視で生きた表現を楽しく教えてくださったKY先生、明るく元気でひとりひとりにていねいに対応してくださったKH先生、本当にお世話になりました。

 もうひとつ思うのは、外国語を現地で学習するには2か月から3か月というのは短すぎるということ。なんとなくその地域の人々の生活ぶりを知るには最低そのぐらいはいなくてはならないでしょうが、それ以上ではない、と。わたしは9月下旬までこちらにいられるので、講座は終わったけれども、なんらかの方法で学習を続けていきたいと思っています。でも、どうしよう。。。

 写真(1ヶ月ほど前に撮ったもの)についてもちょっと説明を書いておきましょう。わたしは3月から9月の7ヶ月間、東亜大学校の石堂伝統文化研究院というところに特別研究員という肩書きで所属させてもらっています。写真の真ん中がわたしで、両どなりは研究院の助手をつとめている学生さんたち。左がアンション(安秀英)さん、右がソンミヌッ(成敏旭)くん、写っていないけれどシャッターを押してくれたのがチョントンウッ(鄭東旭)くんです。3人ともとても親切な学生さんたちで、いろいろ困ったことを助けてもらったり、わたしの下手くそな言葉でのおしゃべりの練習相手になってもらったり、本当にお世話になっています。みなさん、ほんとにありがとう!感謝しています。

 それからきょうアンションさんに教えてもらいながら、こんなサイトも設定してみました。http://cyworld.nate.com/katzmak

 まだ中身はなにもありませんが、ここの日記と同一内容の日記韓国朝鮮語で書いてみようかなと思っています。

 あ、2日目にして早くも、研究ネタがなかったですね。きのうの日記メモしておいたサイト今田剛士さんの論文と、小正路さんの論文ダウンロードしてざっと読みました。コメントはもうちょっと内容がわたしの頭のなかに落ち着いてからということで、きょうはここまでにします。

小正路です小正路です2004/07/18 20:49拙稿御笑覧いただいたとのこと。

小正路です小正路です2004/07/18 20:52実は私も中西伊之助には多大な関心があり、近刊予定の『「種蒔く人」論集(仮題)』にも中西に関する拙稿をまとめた次第です。

2004-05-24中西伊之助

タイトルの内容は↓に載せてあります。

http://d.hatena.ne.jp/katzmak/20040523

katzmakkatzmak2004/06/20 02:46こんなことを書いていましたが、けっきょく釜山生活を気ままに綴る日記になってます(笑)。またときどき研究ネタもはさみますんで。。。

2004-05-23内院精舎

katzmak20040523

(※この日記は5月26日付けで別のところに書いたものですが、こっちに持ってきました。)

 きょう(5月26日)は旧暦の4月18日で釈迦の誕生日でした。今年は閏月が入っているので約1ヶ月ずれているようです。韓国はこの日は国民の休日なので韓国語講座の授業も休み。キリスト教信者の比率が高い国なのに、この日を国民の休日にすることに抵抗はないのかちょっと不思議ですが、そのへんのことはまたこっちの人たちに聞いてみようと思います。

 前日に研究院でお世話になっている先生とおしゃべりしていて、「生誕記念日にはどこに出かけられますか」と尋ねられたのでポモサ(梵魚寺)に行くつもりだといったら、「人が多くて大変だから絶対にやめておいた方がいい」との助言をいただき、そのかわりに家からも近いネウォンジョンサ(内院精舎)を薦められました。公式Webサイトもあります。http://www.naewon.org/

 山の麓からタクシーで上まで上がり、そこから山道を歩きました。正午少し前に本堂の地下の集会場みたいなところに到着して、お祈りに少しだけ参加することができました。面白かったのは、最後の方で合唱があり、それが賛美歌のようなメロディだったこと。仏教のかたちも国や宗派や地方によってさまざまなのでしょう。

 写真はお水取りに並ぶ人の列。寄進された提灯が境内いっぱいにつるしてあり圧巻でした。お寺のまわりには出店がたくさん並んでいて、日本の縁日の雰囲気に似ています。実演しながらステンレスたわしを売っている人がいたり、アイスクリームや甘栗やおもちゃを売っていたり。とても信心深い人と思われる人たちや学生ボランティアの人たちの熱心な様子と、まったりと行楽に来ている家族連れの姿が対照的でした。

katzmakkatzmak2004/06/20 02:49ある熱心なキリスト教徒の先生に尋ねたら、「クリスマスも休日ですから、気にしたことはありませんよ」とのお答えでした。まあ、働くものとしては休日は多い方がいいですね。

2004-05-22石堂の意味

katzmak20040522

写真の肖像は、研究室のわたしの机の正面に掛けてあるものです。東亜大學校の創立者である鄭在煥(チョンジェホワン)先生の肖像写真。この方が戦前に立命館大学に留学されていて、朝鮮半島解放後に新国家を支える人士を育成すべく創立したのが東亜大学校だと聞いています。そんな縁があって立命館は東亜大学校と協力協定を結んでおり、おかげでわたしも受け入れていただいたうえに、極上の研究条件を保障していただいています。

研究室に出室し、この机に座るたびに目の前に鄭先生のお顔が。そのつど「きょうも始めさせていただきます」と心で念じてからお勉強を始めています。研究院の名前の「石堂(ソクタン)」はこの先生の雅号だそうです。